つまづき人生

山崎けんいちの「つまづき人生②」

投稿日:2021年4月18日

幼稚園、小学校低学年時代は勉強もできず、運動もできず、今でも若干ぼんやりしているのですが、本当にぼんやりとした、おとなしい子どもでした。
しかもひとりぼっちでいることも多く、幼馴染をのぞくと友達も少ない子どもでした。
それを心配した両親が当時スパルタ教育で地元では有名な塾に私を小学3年生の後半に入塾。
おそらく同期では一二を争うぐらい平手打ちを受けました。
そのかいもあって?塾の成績はぱっとしませんでしたが、小学校での成績はぐんぐん伸びていきました。
それに伴い見せかけの自己肯定感は上がり、小学校では高学年明るいイメージの子どもだったように思います。
しかしながら塾では暗かったように思います。常に辞めたかった。
でも大人になって塾の同期とたまに会う関係になって、今でもつながっていることに、お互いつらい?経験を共有できる関係性も大切なことかもしれないなと思えるようになりました。
さらに自己肯定感は結局、その場その場での順位というか、他人との比較によって上がったり下がったりするもので絶対的なものではなく、まわりの評価、社会の評価であって、自分自身の評価ではないと今では思っています。
人生に優劣はない!生きてるだけで100点満点という根拠のない自信こそ大切なのではないかと今では信じています。
今でも他人の評価に右往左往する自分も存在しますが、それも人生なのかもしれません。
なので娘には何も強要しなくなりました。生きているだけでいい!
そう思えるようになりました。
    昔から水やりは大好きでした(笑)
 
 
 
 
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