つまづき人生

山崎けんいちの「つまづき人生①」                       

投稿日:2021年4月18日

「ほっ❣とするまち 尼崎」私が想い描いているまちのイメージです。事業に失敗し、死にたいと思うほど失意のどん底だった頃、私は生まれ育ったまちに救われました。うっとしいほどの温かさにふれ、生きてていいんだ!ここに居ていいんだ!と感じ、生きる勇気をいただきました。そんなエピソードを、活動をともにしている方に話したら、「山崎さんのつまづき人生おもしろいですね、その経験はコロナ禍で苦しむみんなの勇気になるのではと言われました。生きていると楽しいこともありますが、悲しいこと、しんどいこと、つらいこともたくさん起こります。そんな時、心配してくれる人の存在や、ほっ❣できる地域、居場所があれば、ここに居ていいんだ!そのままの自分でいいんだ!実感できたなら、自ら命を絶つ人が少しは減っていくのではないかと信じています。そして偉い人の成功例よりも、いろんな方の失敗例のほうが安心感につながるのではないかと思うようになりました。ほっとできる安心感が今、求められているように思えてなりません。今年は私にとって節目の年。ちょっと人生を振り返ってみようかと思います。私は尼崎市の南西、武庫川のほとり元浜町で生まれ育ちました。尼崎市の職員だった父と立花こひつじ幼稚園の向かいに住んでいた母のもと1966年12月2日に生をいただきました。実家で昔の写真を見つけました。母方の祖母に抱かれた白黒写真、書道の先生だった祖母によるもの、命「憲一」亡き父が憲法を守るようにとつけたらしい。先ず、この名前がずっと嫌いでした。画数の多い「憲」と極限に画数の少ない「一」のバランスが悪すぎる。でも日本国憲法が好きなのは、この名前のせいかもしれません。

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